バンザイ・コールに違和感
中村 民雄
 最近、スポーツの試合でやたらと目につくのが、「バンザイ!バンザイ!バンザーイ!」とコールし、勢いよく両手をあげる場面である。点数が入るたびにバンザイ・コールをし、チームとの一体感を確認しあっている。もちろん、チームとサポーターが一体となって応援する場面は、ほかにもいろいろな方法があるが、バンザイ・コールに違和感を感じるのはなぜだろうか。
 かつて、「万歳三唱!」と言ったら、いかなる場面でも厳かな雰囲気があったように思う。それがいつごろからか、軽いノリで行われるようになってしまった。
 『広辞苑・第五版』(新村出編・岩波書店、1998年)によれば、バンザイは古くは「万歳(ばんぜい)」と言い、「長い年月。よろずよ。」または「いつまでも生きること。いつまでも栄えること。」という意味がある。そのことから、「めでたいこと」あるいは「祝いのときにかけるかけ声」となっていった。
 この万歳(ばんぜい)がバンザイとなったのは、明治22年(1889)2月11日の大日本帝国憲法発布の日に、「天皇・皇后がはじめて同座した六頭建の馬車が正門を出ると、帝国大学生数千人が外山正一教授の音頭で『天皇陛下万歳、万歳、万々歳』と叫んだ。他校の生徒たちもこれにならい、たちまち群衆にまで波及していった」ものと言われている(牧原憲夫「万歳の誕生」『思想』第845号、岩波書店、1994年)。
 さらに、バンザイという発音もこの時、「外山博士の意見によって、『万』はマンよりも音の強いバンの発音を採り、『歳』の方はゼイよりも強いザイを採り、二つ合せてバンザイと唱えることに」なった(河原萬吉『国旗と万歳=起原と発達=』清水書房、1943年)。
 いずれにしても、天皇・皇后と民衆との共属感覚を瞬時に生みだしたものとして、これほどふさわしいものはなかった。また、これを機に、同じ国民として、同族意識を実感させる装置としても機能していった。バンザイは、その後さらに拡張していき、先生や上司、新郎や新婦との共属感覚にまで広がっていった。
 しかし、現在ではその共属感覚も、フィールド上の選手とサポーターとの共属感覚に置き換わり、新たな一体感を生みだす装置に変わってしまった。かつてのような厳かな雰囲気がなくなり、上下関係や民族をこえて、あらゆる権力装置を飲み込んでしまったのが現代のバンザイなのかもしれない。