「スポーツ特待生制度について考える」
黒須 充
 物事には必ずプラス面とマイナス面があるように、スポーツにも良い面もあれば、悪い面もある。スポーツ社会学の世界では、これをスポーツの順機能と逆機能と呼んでいます。
 たとえば、適度な運動は、体重管理や生活習慣病の予防といった健康維持や体力増進などの効果が期待できますが、過度な運動は、スポーツ外傷や障害を引き起こす原因ともなります。
また、スポーツは思いっきり体を動かしたり、目標を達成したりすることで、ストレスが適度に発散でき、爽快感や達成感、充実感を味わえるといった精神的効果が高いと言われています。一方で、勝利や目標達成への過剰な期待が重荷となり、心身ともに燃え尽き、ドロップアウトしてしまう競技者も少なくありません。
さらに、スポーツは、フェアプレーや仲間との交流、失敗や挫折を乗り越え、試行錯誤や努力することの大切さを学ぶ貴重な機会として、その教育的効果は極めて高いと言われていますが、反対に排他性や上下関係といった伝統が隠れ蓑となってしまい、スポーツ場面における「しごき」、あるいはスポーツ選手の不祥事や指導者によるセクシャルハラスメントなども後を絶ちません。
 こうしてみてみるとスポーツにおける順機能と逆機能は決して正反対に位置するものではなく、表裏一体の関係であると言えるでしょう。
 今回話題となっている高校野球の「スポーツ特待生制度」についても同じようなことが言えます。
 例えば、学業と同様にスポーツに秀でた能力のある者の才能を伸ばし、世界に通用する人材を輩出することは、国や地域を問わず、社会全体のあらゆる分野の活力を生み出すことにつながります。そう考えると、有能な人材育成ができる「スポーツ特待生制度」そのものは否定すべきものではありません。ただし、より素質のある選手をいち早く獲得したいがための選手争奪戦がエスカレートするあまり、アンフェアな交渉や金銭の授受に生徒達が巻き込まれているとするならば、本末転倒であり、システムを見直し、是正していく必要があります。また、対象があくまでも未成年である高校生ということを考えた場合、授業料免除や奨学金制度などについても具体的で明確な適正基準を設け、生徒一人ひとりが将来に向け、目標をもって取り組めるようなシステムを作り上げるべきでしょう。スポーツマンシップが形骸化しないように、不透明な部分をなくし、誰の目からみても公明正大な制度に生まれ変わることを期待しています。
 いずれにせよ、本来楽しく、有意義なはずのスポーツがマイナスに作用しないように、常に批判の目をもってスポーツを見守っていきたいものです。