| 「じゃんけん」 |
中村 民雄
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| 四月、新入生が入学してくると、テニスやバドミントンなど、人気の高い種目では定員オーバーによる受講調整をせざるを得ない事態が起こる。大学としては運動場や体育館など、施設・用具に限りがあるのでやむを得ず人数調整をする。その場合、一番手っ取り早い方法が「じゃんけん」である。 そこで掛け声を聞いていると、ほとんどが「じゃんけん、ぽん。あいこでしょ」と言っている。 いつから福大生は教科書どおりの「じゃんけん、ぽん」と言うようになったのか。いつも疑問に思う。 この教科書どおりの「じゃんけん、ぽん」という掛け声は、明治三十六年(一九〇三)の『尋常小学読本』に、鬼遊びの鬼を決める方法として、「じゃんけん、ぽん」と標記されて以来、全国的に広がって標準語化した言い方である。 しかし、愛知県は三河の片田舎で生まれた筆者には、「じゃんけん、ぽん」という言い方は、何かキザな言い方に聞こえ、なかなかなじめない。子どものころは「いんちゃん、しぃ。しぃ」と言っていた。また、近所で「じゃんけん、ほ。ほ」と言うところもあった。いずれにしても、「じゃんけん、ぽん。あいこでしょ」という言い方は、東京へ出てからはじめて知った。 さて、「じゃんけん」という遊びは、いつ頃からはじまったのだろうか。一説によると、江戸時代後期にはじまった三すくみ拳の一つ、藤八拳がルーツとされている。掌(てのひら)を握ったのを「石」、掌を開いたのを「紙」、食指と中指だけを伸ばしたのを 「鋏 はさみ」 とし、石は鋏に、鋏は紙に、紙は石に勝つという勝負を争う遊戯のことを言う。 白黒をはっきりさせるサッカーやラグビーの試合では、コインを投げて先攻後攻を決める。しかし、コインの裏表による「二項対立」の発想に馴染の薄い日本人は、絶対的な勝者をつくらない「じゃんけん」という三すくみの文化を考え出した。そこには、勝者敗者を峻別するよりも、どこか安定を求め、あいまいな部分を残しておくことに安心感を抱いてきた日本人の心性が働いているのではなかろうか。縁側なども、屋内か屋外かはっきりしないあいまいな空間でありながら、何か落ち着きを感じさせてくれるし、最近注目されている「里山」だって、いわば野と山とのあいまいな空間であり、人間と動物とが共存する空間でもある。そんなあいまい空間の美も、やがては「二項対立」型の文化に一元化されてしまうのであろうか。 |
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