「生命時計から見た二足歩行」
白石 豊
 直立二足歩行は、人間と動物とを区別する第一の指標ですが、生命誕生から現在に至る長い時間から見れば、その歴史はほんのまばたきする程度の長さでしかありません。このことをもっとわかりやすくするために、地球上に生命が誕生した30数億年前を零時として、現在を24時とする生命時計という考え方を使ってみましょう。
 この生命時計によれば、単細胞の生命体から長い年月をかけて爬虫類や両生類などが誕生したのが、今からわずかに2時間前ということになります。さらに恐竜の時代を過ぎて、ほ乳類の中の、ある種が二本足で立つようになったわけです。これが猿人と呼ばれるアウストラロピテクス類ですが、この発生は今から2分前です。そしてピテカントロプス類(原人)に至ってようやく人類が誕生するのですが、その発生は地球上に展開された長い生命の歴史から見れば、今からたった1分前でしかないということになってしまいます。
 さらに人類は旧人(ネアンデルタール)、新人(現生人類)と進化を遂げていくわけですが、直立し二足歩行することによって両手は自由になり、脳も飛躍的に発達していきます。こうして人間は、動物とはまったく異なった次元の生物として、地球上を闊歩するようになるのです。このように二足歩行によってもたらされた動きの自由度と脳の発達が、その後の人類の驚異的な発展をもたらすことになるのはよく知られるとおりです。しかし、身体や運動の面からいえば、そのすべてが好転したというわけではありません。
 たとえばアウストラロピテクス類が、地球上ではじめて立ち上がった時に、それまでの四足歩行では地面とほぼ平行に位置していた背骨が、地面と垂直に立つことになります。つまり地球の重力に逆らうというたいへんな負荷を、この瞬間から人類は受けることになったのです。私たちの背骨はS字にカーブを描いて湾曲していますが、それは重力を緩衝するために必然的に形成されていったものなのです。
 また、こうした地球上での生物の進化過程と、個々の人間の成長過程、すなわち受精から誕生、そして一歳前後で直立歩行に至るまでのプロセスは酷似しているとよく言われています。つまり、私たちは30数億年の歴史を、母体内の10か月余と誕生から1年までのあいだにすべて経験していると言ってもよいわけです。