殺陣(たて) 中村 民雄

 藤沢周平原作の『蝉しぐれ』が全国の東宝系映画館で封切られました。ご覧になった方もおられることでしょう。
 この映画は、映画のジャンルで言うと、「現代劇」に対する「時代劇」というジャンルに属します。江戸時代を題材にした時代劇には、当然のごとく立回り、殺陣(たて)があります。
 ここでは、『蝉しぐれ』の一シーンを思い浮かべながら、殺陣(たて)ということについてお話しします。
 殺陣とは、歌舞伎の演技の内でも「特に闘争を様式的に表現した技法」(郡司正勝・坂東八重之助編『歌舞伎のタテ』講談社、一九八四年)のことを言います。闘争の演技そのものは立回りと言い、その技法(型)のことを言うのです。この技法(型)は、江戸時代中期に形づくられ、それを得意とする役者も現れてきます。
 また、殺陣という漢字を「たて」と読むようになるのは、『戯場訓蒙図彙(しばいきんもうずい)』(式亭三馬、一八〇三年)の巻六に、「殺陣」という一項目があります。この表題には(たちうち)と仮名が振ってありますが、図示された技法の内の「三個殺陣」には、(さんにんのたて)と振ってあります。つまり、もともとは殺し合いの陣立のことを「殺陣(たて)」と称したことがわかります。
 こうして江戸の後期には、「殺陣」としての型が完成の域に達し、合戦、仇討ち、捕物、剣術試合など、五人、十人の大がかりなシーンが演じられるようになっていきます。それとともに、型を拵えたり、立回りを演出したりする専門家が必要となり、そうした振り付けを専門とする「殺陣師(たてし)」も、このころから名を知られるようになってきます。
 そんな「殺陣師」の流れを汲んでいるひとりに、東宝映画の殺陣を担当している久世浩氏がいます。今回の『蝉しぐれ』も、もちろん久世氏が殺陣を担当しています。この映画で彼が手がけた殺陣で圧巻だったのは、欅御殿における刺客との斬り合いシーンでした。初めて人を斬ったときの牧文四郎の心理から、刀を抜き身にして何本も畳に突き刺し、とっかえひっかえながら斬り合う場面は、手に汗しながら見入ってしまいました。そうした真に迫った演技が見られるのは映画だからで、歌舞伎にはないリアリティさが表現されていました。
 もちろん、歌舞伎の「殺陣」には「たて」本来の様式美があり、映画とは違った動きの美しさがあります。そうした比較の眼をもって、映画や歌舞伎を見るのも一興ではないでしょうか。

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